{134}最終章 おひとりさま(4-2.母 逝く)
応接室に通されるまで、ダイニングが目に入らないよう廊下の壁にピッタリ貼り付いて待つ時間は本当に地獄だった。
叔母が母に話しかけている。
「お義姉さん、わたし〇〇。わかる?」
「わからん!」
と大きくハッキリした口調の母の声。
なおも叔母が二言三言話しかけている。
そして、(母の傍に来るかと)私を手招きした。
私は激しくかぶりを振った。
早くこの状況から逃れたい。
ただただそれ一心だった。
応接室では私たちの向い側のソファーにケアマネージャーと施設長が、隣には用意された簡易な椅子に行政書士が座った。
一通りの挨拶と自己紹介が終わり、私はケアマネージャーからの言葉を待った。
だが、意に反して、特に知らせるべきことは無い様子。
(ああ、このケアマネージャーは母に面会できるうちに、私に面会させたかったのだ)と思った。
訪問を決めてからも逡巡し続けた日々を考えると
(なんて、ありがた迷惑な事をしてくれたんだ)と
一瞬怒りさえ覚えたが、この厚意を純粋に受け取ることにした。
本来の訪問の目的は皆へ感謝の気持を伝えることだった。
私は行政書士から母の近況とこれまでのことを同情と共感を込めて聞いた。
そして、とうとう堪らなくなって母とのことを語り出したのだった。
がんを患ってから、両親のことを話すことに抵抗が無くなっていたこともあったが、やはり皆に聞いて貰いたかった。
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「鬼滅の刃の鬼にも鬼になる理由があるように、私が鬼(母を見放す)になったのにも、こうした理由があったのです・・・」
皆、頷きながら黙って聞いていた。
そこには、私への批判は無く同情と理解があった。
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帰り際、ケアマネージャーから
「本当に今日はよく来てくださいました」と逆にお礼を言ってもらった。
二階の部屋に戻るため廊下に出た車椅子の母の後ろ姿が目に入った。
それは、おかっぱの髪で紫がかったピンクのポロシャツを着ていた。
(認知症であっても相変わらず紫が好きなんだぁ)
母に話しかける最後のチャンスだと思った。
「・・・」
情けないことに、やっぱりここでも勇気が出なかった。