{23}第3章 両親 (4-1.土下座)
私が十九歳の時、母の父親、つまり私の祖父が亡くなりました。
母一人が実家に帰っていて、家には私と父が残っていました。
祖父の葬儀にあたり、香典を用意しなければなりませんが、当然のことながら手元にお金はありません。どうしたものかと相談ばかりしていて、私は祖父の死を悲しむどころではなかったです。
父は弟(叔父)に借金を頼んだのですが、あっさり断られてしまいました。
叔父には今まで、電化製品を月賦で買う時によく保証人になってもらっていたのですが、借金を頼んだことはありませんでした。
当てにしていた叔父に断られて途方に暮れる父に、私は『自分が何とかする』と言っていました。
翌日、いつも通り父を仕事に送り出した後、私はピアノを処分してお金を作るために行動を開始しました。
今と違ってインターネットのない時代ですから、電話帳で業者を探し、連絡して交渉をし、その日の内に引き取りに来てもらうことになりました。
その頃は、何年も弾いていないピアノが無くなっても困らないし、処分することで部屋が広くなると思っていました。
ですが、不思議なもので、いざお別れとなると、そこには思い出があり、愛着があったんだと寂しくなりました。
香典が用意できたことを母に連絡して、一度帰って来るように言いました。
帰ってきた母にピアノを売ったお金を見せると、
『わざわざ帰ってこなきゃいけなかったの』
『何もこんな事せんでええのに、恩着せがましい』と言われて、
私は怒りを覚えるとか、悲しいと感じる間もなく、ただただ呆然としました。
それでも、『喪服もいるし、多少のお金も持ってないと困るでしょう』と言って、
私は母にお金を渡したのです。
十一万円でした。