{2}第1章 弟 (1.対面)
子供ころの私の日曜日と言えば、弟が入院している重度障害児施設へ母と行くことでした。
午前中に家を出て、商店街の洋菓子屋で大好きなお菓子を買って貰い、電車で行っては夕方家に帰るという、毎週、同じことの繰り返しでした。
弟についての最初の記憶は私が6歳頃だったと思います。
両親の傍で廊下からガラス越しに病室の中を見ている私に、母が
『いっちゃん、あれが弟のトミちゃんだよ。』
と言い、その指さす方を見ると、上半身だけガラス箱を被されたオムツを付けた赤ん坊が寝ていました。
顔は全然わかりませんでしたが、ガラス箱がとても印象に残っています。
他にも、施設のことは今でもよく覚えていて、私が6歳から9歳までここで過ごした日々は、その後の私の人生に大きな影響を与えたと言えます。
障害児施設といっても私の弟のような少し大き目の赤ん坊といった子もいれば、十五、六歳ぐらいのうっすらと髭の生えた大きな子もいる。
幼かった私にはその子たちが大人に見えたと同時に麻痺のため硬直した姿が正直なところとても怖かった印象があります。
私の弟は脳性麻痺だったと思います。
生後一週間目に黄疸が出て、後に頭の手術を受けたと親が言っていたのを記憶しています。
弟は自分では寝返りもできない。
ご飯もポリトニックという流動食しか食べられない。
そして、しゃべれませんでした。
弟にとって頭を少し左右に動かせる。
左手が少し動かせる。
『ア~ア』と声を発することが
唯一、自分の意思でできることでした・・・。
そう話し終えたとき、私は溢れ出る涙を止めることができないままでいた。